さおたむの激情派劇場

道なき茨道を超絶幸せに爆走する生き様を。

私が私であるために。すべてをさらけ出して生きると決めた。

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2018年6月。

私にとっては大きな変化の月となりました。

 

いろんなものを失い、気づき、覚悟をし、少しでも前にと進み始めた今。

次のステップに進むために今の私自身に最も必要なことだと思い、飾らない、そのままの、今の私のすべて、思う事をここに記すことにしました。

 

 

今恋愛に苦しみ自分の幸せを求め頑張っている大親友に。

いつもどんな悲しみも笑い飛ばして、何とかなると思わせてくれる大事な仲間に。

たくさんの愛を注いでくれた私の周りの大切な方々に。

そして私が迷いあがいている中、最後のあと一歩を踏み出す勇気をくれた憧れのsleepyheadに。

 

私自身の決意表明として。

 

 

退社は半分逃げだった

今年2月。入社2年目で会社を退社しました。

2年目でもらった源泉徴収は480万円。

2年目から主任職という職を任されている状態で、独立を目指すためにという理由での退社でした。

 

 

周りの方からは本当にありがたいことに、なぜ辞めるのか、そんなにもったいないことをする必要がないじゃないかと言われ続けました。

 

私はそれにいつもこう答えていました。

「どうしてもやりたいことがあったから」

 

この答えに嘘はありません。

入社前から独立は頭に入れていて、いつか自分で何かをやってみたいというのは本当に強く、強くあった私の夢であり、憧れでした。

だけれども、実際はそれが全てではありませんでした。

 

私自身が1番気づいていた。

主任職を任されるほど、私にはそんな能力がないこと。自分の仕事ぶりに見合ってない給料をもらっていること。周りの期待にどうしても応えられない自分。

本当に情けなくて、それでもそこで頑張りきれなくて。

 

私は他のバイトをかけ持ちしてやるようになりました。

私にとってはそこでの接客業がとても居心地がよかった。

必要とされている実感もあったし、何より近くでお客様の笑顔が見れて、微力なりとも誰かの笑顔を作るお手伝いができているのだと思えたからです。

 

その中でたくさんの人に出会いました。

自分自身チャレンジしてみたいという気持ちが刺激されるようなおもしろい方々ばかりで、踏みとどまっている自分の方が、固定給にしがみついている自分がださいのかなって思うようになりました。

 

だから踏み出すことを決めました。

 

できない自分を見つめ続けるのが怖くて、負えない責任を負うのがきつくて。私の居場所はそこにはないような気がして。中途半端な自分では何もできなくて。

まだ未知の可能性に挑戦すれば何か変えれるのではないかって。

私の独立は半分は逃げ、半分は挑戦でした。

 

 

 

中途半端の私は辞めても何もできなかった

そんな中途半端で踏み出してしまったため、辞めても本当にうまくいくことはありませんでした。

 

毎日パソコンに向き合う日々。

自分の言葉の軽さ、語彙力のなさ、発想の浅さ。

全部誰に言われなくても私が1番よくわかっていました。

 

世間に対しての無知さ。1人の寂しさ。孤独の恐怖。お金を稼ぐことの大変さ。保険にも入れないことの怖さ。

辞めてから知ったことはたくさんあります。

 

毎日会社にいる時とは非にならないくらい、自分の無力さと情けなさと何も持たざるものの弱さと才能の無さ、どうにもできない現実を、毎日毎日突きつけられ続け、本当に理由もなく涙がでて止まらないなんてことは当たり前でした。

 

自分の心が壊れそうで、時間があればだれかに会いに行き、人と話すことで何とか通常の自分を取り戻す日々。

誰かといたらプライドが高い私はいつも大丈夫なフリが当たり前にできたから。誰かといて、何とかなるとポジティブな自分を取り戻して、また1人向き合う。

周りの人に助けられ、お酒にも逃げました。

 

そんな時、いつも助けられていた私の第三の居場所となっていたお店があります。

そんな大好きなお店みたいに、誰かが少し息苦しくなった時に、現実をもう真正面から見れないくらいしんどくなった時に、少しだけ回復できるような逃げる場所を作りたい。

そんな思いで、私は大学生の頃から夢だったBARを出すことを決めました。

 

それもきっと本当にやりたかった思いと、自分自身が逃げ場となる居場所を自分でつくりたかったという思いと、どうにもならない現状をどうにか動かしたいという半分逃げのような挑戦だったんじゃないかと今になっては思います。

 

結局、出す出すといっていたBARも私個人の事情と心変わりにより、出すことを急に辞めてしまい、期待して頂いていた方や協力してくれた方を裏切るような形で終わってしまいました。

 

ライターの仕事もそうです。

順調にいっていると豪語していましたが、そんなことはまったくありませんでした。

単価の低い仕事だというのはもともと知っていましたが、私には才能も、すべてを賭けてそれだけをやるという強い覚悟も足りていなかったため、正直生計は全くたてられていませんでした。

バイトをしながらわずかに残った貯金を減らす日々。

生活は自分でも想像していた以上にもう限界を迎えていました。

 

中途半端な意志で始めてしまった挑戦であるのにも関わらず、自分がそのことを最も分かっているのにも関わらず、それを認められずに変なプライドばかりを優先し、強がり、次の一歩を踏み出すこともできず、いつまでもいつまでも中途半端な自分でした。

 

 

こんな私を受け入れてくれた大切な人の存在

4月。まっすぐな目をした年下の彼と出会いました。

こんな私のことを純粋に、まっすぐ見つめて大切に想ってくれる人でした。

最初はその想いに応えられないのが怖くて、こんな中途半端な自分は愛想をつかされてしまうのが怖くて、私はまた中途半端な態度をとってしまっていました。

それでも変わらず、こんな私の彼はすべてを受け入れる覚悟をして、隣にいると言ってくれました。

 

一緒にいるうちに私はそんな彼にどんどん惹かれていき、付き合うようになりました。

いつも私の隣にいて、笑って話を聞いてくれて、私の無謀な夢も何も言わずに受け入れ応援してくれ、ちょっと私がしたことでいつも本当に喜んでくれました。

私はそんな彼が愛おしくて、最初はもうただただ純粋に私も彼を愛したいなと、彼の為に何かできないのか、と気づいたらそんなことばかりを考えるようになりました。

 

一緒にいると、自然と将来、一緒に家庭を築いていく姿を想像するようになりました。

今まで本気でそんなこと、考えたこともなかったけれど、ずっと共に生きていくんだと本気で思っていましたし、想像するのはいつも幸せな家族の光景でした。

生まれて初めて、本当にそんな想像がリアルにできた、私にとっては唯一の特別な人でした。

 

その反面、ずっと怖さがありました。

私がずっと中途半端に夢を語って生きてきていたから。逃げてしまっていたから。その時も中途半端に夢物語の中で生きていて、どっちつかずだったから。

そんな私に気づいたら彼はどう思うのだろうか。私からきっと離れていってしまうに違いない。

彼はずっと「俺からは絶対離れないよ」って何度も何度も言ってくれていたのに、私はその言葉を信じてあげることができず、いつもそんな怖さを抱えていたのでした。

 

彼と家庭を想像する中で、私は自分のBARという夢を捨てることにしました。

その選択は、そんな無謀なチャレンジをするよりも、彼との日常を大事にしたいという私の心からの純粋な想いでした。

それからというもの、私は彼と一緒にいる時間以外はライターの仕事やほかのバイトに打ち込むことにしました。

彼といる時間は一緒にいれることで幸せだったし、私といて楽しいと思ってほしかったし、その時間彼に何かしてあげたいという思いからご飯をつくったりするようになりました。

 

しかし、時間とともに私はまた怖くなってしまったのです。

きっと私は自分が彼に尽くすことで、見返りとして彼の愛情をもらおうとしていたんだと今は思います。

怖くて、離れていかないか不安で、何度も確認して、必死で何かしては見返りを求めてしまっていたのだと。

 

全部自分が決めて勝手にやったことなのに。

夢を捨てたのも私がもっと大事な家庭を築くという大きな夢に気づいたからかえただけなのに、いつしか彼を責めてしまっていたのだと思います。

私が信じられなかったせいで、「自分が私の世界を狭めてしまっている」と悩ませてしまっていました。

 

本当は全く違うのに。

彼が本当の夢に、私のなりたい自分に気づかせてくれて、私の世界を大きく広げてくれたのに。

私の中途半端な変なプライドのせいで、たくさん傷つけ苦しい想いをさせてしまったんだと今やっと気づけました。

 

 

すべてを考えさせられた別れ

2週間前。

そんな大切な彼に別れを告げられました。

今考えれば本当に当たり前のことだと思います。

中途半端で信じられない私、プライドにしがみついて本気で変わろうともしなかった私、愛想をつかされるのも当然です。

なのに別れ話の際にまで私は彼を困らせたくさん傷つけた。

 

別れてはじめて、自分が想っていたよりも彼の存在自体が私にとって大きなものだったと実感させられました。

たくさん何かを求めるようなことを言ってしまって、彼にばっかりいつも求めすぎていたけど、本当は本当はただ隣にいてくれるだけでよかった。

 

別れて1人の時間にさまざまなことを考えて、振り返り自分の行動を悔やみ、泣き、もう取り返しがつかないことに落ち込み、どこに向かえばいいのかも正直分からなくもなりました。

 

どうしてもっと早く気づかなかったのだろう。

どうしてもっと早く変われなかったんだろう。

 

何度もこの気持ちに諦めをつけようとも考えました。

次に進もう。男なんて星の数ほどいる。

 

そう思ってもどうしても彼が頭から離れない。思い出すのはいつも無邪気に笑っていたあの笑顔ばかり。想像した幸せな未来ばかり。

 

 

これまでの私は失うのが怖くて、だめな自分を認めるのが怖くて、いつも逃げてばっかりだった。でも今回はどうしてもそれができなかった。

だからじゃあ納得いくまで、今回はこれをきっかけに、自分自身を全部変えようと決意しました。

また彼が生まれ変わった私に振り向いてくれるようにと。

 

そうして始めた就活、部屋の掃除、生活習慣の改善。

いつもは中途半端にして、まぁいいかと思ってしまっていた私ですが、なんだか今回は思ったよりも簡単に取り組むことができ、それにともない周りの環境や反応も本当に変化することに気づきました。

 

それだけ、私自身が本気になれた瞬間だったんだと思います。

 

 

変われてない自分に気づいて。でもやっぱりもう逃げたくない。

先日、全部再就職も決まり、彼に会いました。

私は全部この2週間でできることはやりきった思いだったから、そのすべてをもって、今の私の気持ちのすべてを伝えました。

 

それからたった数日だけど、この待っている時間は何とも言えない時間で。

本当に落ち着かないというか、いろんなことを私自身考えました。

 

その中で、「あ、私また見返りを求めてしまっていないか?」って思いました。

これだけやったから、これだけ変わったから、戻ってくれるんじゃないかって期待して、やったからその分の愛情をちょうだいって思ってしまっていた自分に気づいたんです。

あぁもう。またこれじゃ一緒だって。根本変われてないじゃんかって。

情けない、かっこ悪い自分に直面しました。

本当に悔しくて、情けなさ過ぎて、何が変われただ、まだまだ自分だめだって。

 

結局、形にこだわっていたのは私だった。

ほしがってばかりだったのは私だった。

 

でも今回は本当に逃げたくないと思った。

もう中途半端な自分は嫌だ。逃げたって、どこにいったって、何をしたって、中途半端じゃ何も変えられないことはもう今年たくさん経験してきた。

もう逃げて終わらせたくない。

変わるとしたらこのタイミングしかないんじゃないかって。

 

くそだっさい自分と本気で向き合うことにしました。

もう正直つらいし、きついし、自分が嫌になるくらいで、全部どうでもいいと思ったし、投げ出したいとも思ったし。

 

けれどその中でやっともがいて出した結論があります。

私が今感じている彼を大事にしたいという思い、大好きだという思い、大切な人だという思いは大事にしてもいいじゃないかと。

 

例え振り向いてくれることがもう一生ないとしても、もう会うこともないとしても、お互い別々の人生を歩むことになってしまったとしても。

形関係なく、私が彼を大好きな気持ちには嘘偽りはないし、真実だから。

結果に関係なく、私は今のこの気持ちを大切にしたらいいだけ。

 

そりゃ振り向いてほしいし、一緒にいたいと思うし、今度こそは本当に大切にしたいと思う。彼の隣で笑っているのは私でありたいし、私の隣で彼を笑顔にしたいと思う。

けれど、彼が選ぶ幸せが私の隣ではないのであれば、それは彼の人生だから。

でもだからといって私が大切に想う気持ちをなくさないといけないわけではない。

遠く離れていても、会わないとしても、大切に想うくらいなら、それくらいだったらいいんじゃないかなって。

 

私は私で自分自身の人生を充実させるため、今いろんなチャレンジをしているし、彼のおかげで気付けることがたくさんあって、やっと逃げずに向き合おうとすることができた。

中途半端な自分と向き合わせてくれた。それだけでも本当に大切なものをもらえているのに、これ以上何かを奪おうとするのはやめよう。

 

やっと、やっと。本当にやっと。

このことに気づいて、彼のことを本当の意味で大切にできるような気がしました。

 

 

きっとこの思いが私にとっては自分の核心から変わるスタートだったんだと思います。

 

 

すべてをさらけ出して生きる覚悟

私は今まで本当に自分の弱さやダサい部分、かっこ悪いところを隠そうとして生きてきました。

だからそれがばれそうになると、怖くて正当化して逃げ出してしまっていた。

大人になってからは特にそうで、中途半端で終わらしてしまっていた。

 

でも今回本当に変わろうと思った時に、まずは自分のかっこ悪いところ、どうしようもないくらい最低な部分を全部出してしまおうって思ったんです。

その場としてこのブログを選びました。

 

最近、少しずつ私の書く記事や話す言葉に影響を受けてくれる人が増えてきた今、中途半端な私のままで、きれいな言葉だけで何かを伝えたくないなと。

そうやって相談をしてくれたり影響を受けてくれている人はよくかっこいい、頑張ってる、いつも前向きで、行動力があって、人とは違う感性、とかそんな言葉を私への評価として使ってくれています。

 

しかし、本当の私はこんなかっこ悪くて、ださくて、どうしようもなくて、うまくいかないことだらけで、逃げ出して、失って。今更気づいて変わろうともがいて。もう本当に全く違う現状です。

あ、こんなやつかって思われるかもしれない。

だけど、それでも今の私の本当の姿を知っていてほしかった。

そして私自身、何もない私を公表することによって、かっこつけずに、鎧を身に着けずに、そのままの私で勝負できるような強くて本当の意味でかっこいい人間になっていきたいって思った。

 

私が私であるために

 

だからそのスタートとして今回この記事を書かせていただきました。

 

今はこんな私だと知って幻滅される人もいるだろうし、周りの人が離れていってしまうのはまだまだ怖いけれど。

いつか本当にかっこよくなって、やっぱりおもしろいやつだなって思ってもらえるように。

本当に変わって、魅力的な人だともう一度惚れてもらえるように。

今この瞬間から、そう生きていこうと思います。

 

 

 

最後に。勇気をくれたsleepyheadへ。

今回、さらけ出して次の一歩を踏み出す勇気をくれたのは大好きなsleepyheadの武瑠さんというアーティストです。

中学生の頃から大好きだったSuGというバンドのボーカルで、いつもつらい時苦しい時に楽曲で私の支えとなってくれていました。

 

そんな彼が新しく、ソロプロジェクトとして初めたsleepyhead。

 

「夢か現か、その狭間」

綺麗な答えはなくていい。

決意ひとつで、人は進める。

 

この言葉にいつも勇気づけられてきました。

 

 

そして、私の決意の2週間が終わった日、初めてsleepyheadの新しい楽曲を聴きました。

音楽から離れていた時間の苦しみとか、1人で踏み出した覚悟とか私が想像できる範囲のものではないと思いますが、歌詞の1つ1つから、1つ1つの音から、彼の苦しみとそれを超える覚悟が伝わってくるように感じて、涙が止まらなくなりました。

 

そして今日。変わりたいと本気で思った私がたまたま見つけた2つのツイート。

 

 

 

 

これを見て、私もすべてをさらけ出して本気で変わる決意ができました。

この決意をもとに、どんだけかっこ悪くてもださくても、たとえ傷だらけになってしまったとしても、私が私であるために、あがく覚悟ができました。

 

 

踏み出す勇気をくれた武瑠さんに心から感謝しています。

 

 

こんな私に変わるきっかけと強い意志をくれた大切な彼に心から感謝しています。

 

そして、これまでこんな中途半端でダサい私でも、何も言わずに見守ってくれ愛情を注いでくれた私の大切な周りの方々に、心から感謝しています。

 

 

本当にありがとう。

 

 

もう逃げずに向き合い、変わることをここに誓います。

 

 

2018.6.24 沙織