さおたむの激情派劇場

道なき茨道を超絶幸せに爆走する生き様を。

もう、頑張らなくてもいいんだよ

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人生でも5本の指に入るくらいの転機によって、全速力猛ダッシュを始めてちょうど1か月が経過しました。

基本いつでも全力ダッシュなのですが、だいぶ今回は休みをとることもなく、「死ぬ気でやる」って決めてただ無我夢中で1か月間走り続けてきました。

 

そのツケがついに全部回ってきたのか…

昨日からまったく誰にも会いたくない病と起き上がれないくらいの不明の体調不良が起こるという惨事。

仕事が休みで何も予定がない日なんてひさびさだったので家にいたのですが、久々にちょっと気を抜いたタイミングで今までこらえてたものが全部あふれ出してきたような感じでした(笑)

 

 

私は活きていたけど、生きていなかった

この1か月。本当に全力でした。

とにかく頭の中は前に進むことのみ。

必死すぎて時には食事をすることも忘れました。ゆっくりと寝る時間すら惜しんで過ごしてきました。

ふっと息をつく暇もなく、とにかく起きている間は何かをしているような状態で、何もない時間は誰かに会ったり本を読んだりと何か新しい感覚を取り入れようとしました。

 

そのおかげで現実は本当に変わりました。

晴れて正社員となり、会社の人にも恵まれ、自分もこの仕事に向いていると思えて、楽しく仕事をできています。

バイトも自分らしくできたりして、楽しいなって本当におもえています。

周りの人にも何だかおもしろいって言われることも増えたし、周りが私を見る目もすごく変わってきたなって思います。

ブログのアクセスもいい感じで伸びてきたりしました。

 

どれだけ大変なスケジュールでもすごい勢いで進めたし、楽しさと充実感もめちゃくちゃ感じていましたし、これでいいんだって思っていました。

たぶん私のアドレナリンがでる何かの器官がぶっ壊れて、アドレナリン垂れ流し状態だったんだと思います(笑)

 

この1か月、本当に活きていた。

だからこれが私らしく生きることで、これが正解だと思っていました。

 

けれど私はこの1か月、生きていなかった。

ちゃんと普通の日常生活ができていなかった。

変わろうと思っていたから、それこそ掃除とか片付けとか今まで苦手だったことは全力で取り組んできて、本当に何もないくらい家はきれいにするようになったけれども。

 

食事はただ空腹を満たすために、時間を惜しんで何かしながら食べることばかりだったし、アドレナリン出力しっぱなしだから全然寝れないし寝ても起きるし。具合が悪くてもそんなこと言ってられないから薬で無理やり抑えたり。

もう1か月近く不正出血も続いていて異常だってわかっているけど怖くてそのまま放置してしまっているし。

 

自分の感情と向き合ったら本当は一歩も足を前に踏み出せないくなるから、流血中で骨折しまくったままの自分の傷だらけの心は見ないことに、ないことにしてきました。

痛みを感じてしまったら自分が限界だってことに気づいてしまうし、変えたいと思っていた嫌な自分が出てきてしまうから。

 

 

 

マイナス部分をできるだけ隠してきた

この前、腐れ縁の幼馴染と話している時に言われたことです。

 

「さおりはいつもエネルギーがあって前向きで頑張っていて。いつも周りに気を遣って生きていて。そんな姿は本当に周りからみてもかなり魅力的だし言葉にも影響力があるからすごいなって思う人は多いと思う。だけど、その裏でそれと同じくらいの苦しみを抱えていることは強がりで見せないから周りにはなかなか伝わらない。だからきっとその反動で苦しんでしんどい時の姿が見えた時にある意味ギャップがありすぎてなかなか受け入れられないんじゃないかな。昔から知ってるやつらは分かっているから何とも思わないけれど。」

 

素直になるほどなーって思いました(笑)

 

 

私自身が1番知っているんです。

私がやると決めたら徹底的にやることもことも、その結果自分の望んだものをちゃんと手に入れることができることも。

けれどその反動で生きれなくなるくらい苦しくなるのも、生活できなくなるくらいのレベルまで堕ちてしまうことも、そのめんどくささも。

 

 

プラスが大きい分、マイナスも大きい。

 

 

そのマイナスはきっと周りの人には受け入れてもらえないことも自分ではわかっているからできるだけ見せないように、そんなマイナスがないかのように強がって振る舞ってしまう。

 

でも本当は頼りたいし甘えたい。

それにこのマイナスを知っても一緒にいてほしいって思っちゃうし、大丈夫だよって受け入れてほしいとも思ってしまう。

 

だから今までこの人なら信用できるかなって思った私の大切な人にはいろんな私のそんなマイナスの部分の話もしてきたし。

心を許してしまうと、緊張感が解けてしまって、ふとしたタイミングにいつも自分の中に閉じ込めてきたマイナスの感情が大爆発してしまったりして。

 

まぁほとんどの人がプラスの私とのギャップと、マイナスの大きさに耐えられず、私の周りから去っていきました(笑)

 

だからまた同じことになるんじゃないかと大事な人を作るのが怖くなるし、大事な人ができたときにまた自分から離れていくんじゃないかって怖くなって変に信用できなくなって。

相手から離れていかれたら怖いから、大事だからこそ自分から手を離してしまったり。

 

 

本当にこじらしてますね(笑)

 

 

 

嫌って粗末にしていたのは自分だった

ずっと根本の解決はできていなかったんです。

隠す技術はどんどん上がってきたし、プラス部分を伸ばすことはできてきたけれど、その分また我慢してため込むものも大きくなったし。

 

だからどんどん見せれなくなって、そんな自分がばれるのがよけい怖くなっていった。

 

ばれてまた人が離れていくのが怖かった。

 

 

けどね。

実は自分が一番嫌って、一番受け入れられてなかったわけです

 

自分がそんな自分の弱い部分とかかっこ悪い部分とかちゃんと認めて受け入れてあげれてなくて、いい部分だけを自分自身だって思いたくて、目を背けて隠して粗末に扱うようになっていた。

嫌で嫌でしょうがなくて、まったく受け入れられなかったのは自分自身だったんですよね。

 

ずっとそんな自分を自分で責め続けていた。

だから周りにもいつも責められているような気がしていたし、苦しくてしょうがなかった。

めんどくさい自分が誰よりも嫌いだった。

頑張って、頑張って、走り続けた結果、襲ってくる大きな反動にいつも1番耐えられていないのは自分自身だった。

プラスを伸ばせば伸ばすほど、どんどん大きくなって自分の中だけでは抱えきれなくなるマイナスをどうしていいか分からず、ただ苦しくて仕方ないのに、そのマイナスを消そうとプラスを増やすことしかできなかった。

 

 

1番粗末に扱って、1番嫌って、1番離れようとしていたのは自分でした。

 

だから私が私を扱うように、周りも私を扱っていたんだと思います。

いい部分は高く評価し、気に入ってくれるけれど、悪い部分を見ると離れてしまう。

 

そりゃそうですよね。

自分すら嫌っている部分を他人が受け入れてくれるはずがないのに。

 

 

 

活きていない自分が受け入れられなかった

プラスの自分でいれるとき、私はめちゃくちゃ活きている実感があります。

その時の私は誰にでも誇れるくらい、なんと言われようと私はそういう私が素敵だと思えるくらい私自身認めているし大好きです。

だから活きている自分でいれるときは生きている実感があるわけです。

 

ただ、活きていない時、私はよく消えたいと思います。

何だかプラス部分を知っている人からすれば意外だと言われるし、そこまでなる理由が分からないと言われてきて、私自身もなぜそこまで思ってしまうのか分からかったんですけど。

 

だからよくメンヘラだと言われますが(笑)

 

 

私はそのマイナスの自分が受け止められなくて、走り続けて疲れてエネルギー切れた時に、そんな自分を消してしまいたいと思うのです。

 

活きていない自分は生きていないと思ってしまっていたことが原因だと最近気づきました。

 

自分でも抱えきれないくらいもう荷物を持っているのに、それ以上にどんどん乗せられていくようで。

 

自分のキャパを超えてまで、限界値以上の力が出せてしまう分、マイナスも自分のキャパ以上のものが襲ってきて、もはやどう対処したらいいのか全くわからない。

 

そうなっていたような気がします。

 

マイナスをプラスで打ち消して、隠して見えないようにしようとすればするほど、悪循環で悪化していました。

 

大事な人ができると、その人が大事であればあるほどそれが悪化していってしまうから、大事な人を大事にできないっていう私の最大の悩みはそこでした。

 

 

そんなに頑張らなくてもよかった

限界まで頑張る理由。

それは私自身が自分のマイナスが嫌いだったことにも原因がありますが、もう1つ大きな要因があります。

 

私は頑張ってる自分しか受け入れてもらえないと思い込んでいたのです。

 

そういう自分にしか魅力がない、そういう自分しか誰も必要としてくれないと心から信じ込んでしまっていた。

 

だから頑張り続けて、全力で走り続けて、それがさおりらしいよって言われて、あーやっぱりそうかって思って。

気づいた時にはもう傷が深すぎて。

倒れ込んでもう立ち上がれないくらいの重症になるまで動き続けてしまう。

 

そのマイナスを見て人が離れていく。

だからもう大事な人を失わないようにまた頑張る。

 

ただそれの繰り返し。

 

 

でも最近少しだけ違うかもなって思うようになりました。

 

会社に入った時、いつもならもっとちゃんとしてないと、とか、すごいって思われたいとか思って気を張っていたのですが……

入社時点からなぜだか力が抜けていつもの自分でいました。

 

そうすると、そんな私をみんながおもろしろいって言ってくれて、すごい仕事ができると認めてくれました。

今まで苦手だからと避けてきた女性ばかりの職場なのにも関わらず。

 

 

好かれようとかいいように思われようとか気張ってないのに、そんな自然体の私をおもしろいと言ってくれたり、普通に話したことを評価してくれたりその言葉に救われたといってくれる人が増えました。

 

私が私であるだけで、

がんばってなくても、

それを素敵だといってくれる人が実はたくさんいることに気づいたのです。

 

ありがたいことに。

 

 

そんなにいつもいつも頑張らなくたってよかったんです。

 

この頑張れる力はここぞという時に使えればいいだけで、いつも死ぬ気でいる必要はなかった。

そんな堕ちてしまうくらい、もう日常生活を送れなくなるような反動がくるくらい、自分を追い込まなくてもよかった。

そんなに自分を追い込んで、傷つく必要もなかった。

特別な存在になれなくても、普通でもよかった。

活きてなくても、生きていてよかった。

 

 

頑張ることに逃げない

私にとって頑張って前だけ向いて進み続けることはある意味逃げでした。

そっちの方がいい気分な気がするし、そうじゃないマイナスな自分を見らずに済むから。

 

けど何も根本的な解決はできていなかった。

 

本当に頑張るべきことは、

頑張らないことだったんです。

 

何にもできない自分とか、本当にしょうもない自分とか、こどもっぽい自分とか、小さなことを気にしすぎる自分とか、すぐ心が折れる自分とか、すぐヤケになってしまう自分とか。

 

そういう自分が嫌っている自分も自分だと、認めて愛してあげることでした。

見えないように隠したりしないで。

堂々とそういうわたしも私なんですって晒して、できないから助けてくださいって頼ったり、人に迷惑をかけてしまうことを怖がらないでいること。

 

迷惑をかける分、自分が得意なとこではカバーすればいいだけで、自分ひとりで何でもできなくて当たり前でそれでいいんだって、私は普通だからって認めることだった。

 

頑張ってかっこよくなろうとして、背伸びして、強がって、ダメな自分を必死で隠すように頑張らなくてよかった。

 

実際、頑張ってる方が楽だけど。

向き合う方が苦しいけれど。

それでもどんな自分も愛してあげられる自分でいれたら、きっと長い目で見た時にもっと楽に生きられる気がします。

 

 

マイナス部分の私はまだ悲しんでるから。

受け止めてもらえなくて。

その感情をちゃんと感じきってもらえなくて。

 

強がってるけど、何もかも忘れるために走ってるけど、まだまだ傷だらけで全然癒えてないから。

 

 

本当は。

やめてしまった会社のこともまだ少し後悔する気持ちも残っているし。

未だに3日に1回は元彼の夢もみる。

全部吹っ切れたなんていっているけど、あれは半分本当で半分嘘。

どちらも自分が悪いのも分かってるけれど、それでも失って完全に拒絶されて、本当はまだ苦しくて、全部どうにもならないことも分かってて、こんなに近くにいるのにもう二度と元には戻れないことが悲しいって思ってる。

 

 

けれど、きっと会社の人も私の気持ちも分かって送り出してくれて、最後にちゃんと自分を大切にしろよっていってくれて、こうなるのも全部分かってて私の意志を尊重してくれた。

 

きっとあの人も活きてないと生きれない私が活きれなくて苦しんでいるのが分かっていて、私のことを本気で思って離れてくれたんだと思う。

 

どちらも真実は分からないけど。

私はそう思っている。

 

だから私は弱音なんて吐けない。

そう思ってくれていたとしたら私にできることはもっとキラキラした私になることだけだ。

そう思って頑張ってはきたけれども。

 

 

きっと本当はみんなが思っていたことは違った。

もっと私が私を大切にして、私の人生をちゃんと歩んでくれることを望んでいたんだと思う。

 

 

もう頑張らなくてもいいよ

私と同じ性分の人はね

ほっとくと頑張り出しちゃうから、頑張る方に逃げちゃうから。

 

たまにはそんな自分に頑張らなくてもいいよって言った方がいいと思います。

 

時にはわざとダメな自分とか、嫌な感情とか、全部味わう日を作ってあげる。

それでいいんだよっていってあげる日。

 

普段もちょっとだけ頑張るのをやめてみる。

意外と受け入れてもらえるし、周りも頼ると嬉しそうにやってくれるから、思っているより。

 

そうしてダメな自分も悪くないなーって、

突然は愛せなくても少し感じてみる。

 

それが意外と頑張り続けられる原動力になるんだと思います。

 

 

 

 

 

もう、そんなに、頑張らなくてもいいんだよ。

 

そのままでもあなたは充分素敵だよ。

 

 

 

 

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