さおたむの激情派劇場

道なき茨道を超絶幸せに爆走する生き様を。

失恋して傷ついている人はそれだけ真剣に人を愛せた人

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ドラマ「高嶺の花」第一話。

華道の名家に生まれた女性が婚約者に結婚式当日に振られてしまい、半年たった今も忘れられずにストーカーのようになってしまっているという驚愕の展開から始まりました。

 

何気なく大好きな石原さとみさんが出ているということで見始めたドラマでしたが、内容がおもしろいのはもとより、ドラマの最中の発言が心に響きすぎて1話目から大号泣してしまいました(笑)

 

まだ見てない方はネタバレ注意ですが。

 

 

愛していたら憎めない

たった1時間の中で本当にいろんなことを考えさせられるような内容だったのですが…

その中でも最も響いた言葉があります。

 

石原さとみとたまたま知り合った30代独身彼女歴=年齢のしがない自転車屋さんが、石原さとみの話を聴いて、お母さんが話してくれたいい女の条件の話をしている時のセリフです。

 

いい女だ。

だって相手を嫌えない

憎めないんですよ。

そうできたら楽なのに。

 

自分が傷つけられた時、怒る人と哀しむ人がいる

怒る人は憎む人です。

自分は棚に上げて相手をただただ攻撃する

ヒステリックに。声が大きくなる。

 

哀しむ人は愛の人です。

静かにただ時を止めて哀しみます。

愛と憎しみ。愛憎。

愛憎半ばなんて言葉があるけど、そんなことはありえない

愛してたら憎まない。

憎めないんです。あなたのように。

それはちゃんと愛がある、いい女だからなんです。

 

 

いい女とは都合がいい女ではない

通常、いい女とは後腐れのないような女を指すことが多いように感じます。

別れを切り出された時にその場で取り乱すこともなく、引きずることもなく、何もなかったかのように生きる人。

哀しむことも怒ることもなく。

 

きっと女性目線で言えば、それだけの余裕があるからとれる行動だから、やっぱりそんなことできる人の方が少ないからかっこいいからっていう理由でそう言われているのだと思います。

 

しかし、男性側がその発言をする場合、個人的には

「都合がいい女」というニュアンスの方が大きいのではないかと思います。

別れを切り出した時にはもう気持ちがないのに、そのことをいつまでも悔やまれたり責められたりしたら面倒くさいからそうしてくれた方が自分が楽だからという本心が見え隠れしているような気がします。

 

これは男女逆もしかり。

 

 

 

哀しむ人はそれだけ愛情が深い人

けれど大切な人を失った時。

哀しくて悲しくて、どれだけ時間がたってもなかなか前を向けない人がいます。

忘れられなかったり、いつまでもずっと心の中にそのもやもやを抱えたまま、毎日を過ごす人がいます。

誰かの前では笑っているけれど、一人でいると何もないのに涙がでてきたり、ふとした生活の中で楽しかった思い出を思い出し哀しくなり、つらかった思い出でさえもいい想い出のように感じてしまう。

 

 

そういう人は相手を憎めないくらい愛していたのだと思うのです。

嫌いって切り離せなくて、忘れようとしても忘れられなくて、相手を責められないから自分を責めてしまう。

 

自分がどうしていたらこんな風にはならなかったのか、私がこんな人間だからだめなのか、と自分を責め続けるから苦しい。

過去から離れられない。だから苦しい。

 

表面的な傷は治っても内蔵に受けたダメージは簡単には治らない。

 

 

致命傷を負っていたとしてもそれでも相手を責めることができないし、嫌うことはできない。

 

 

それは相手を自分のことと同じくらい愛していた人だと思うのです。

失恋とは、脳の中では自分の一部を失う事と同じだそうです。

それほどまで誰かを想える人はそれだけ誰かを愛せた人だということ。

 

 

 

怒る人は前に進もうとする素敵な人

では、怒る人はひどい人なのかというとそうではありません。

怒っている人も傷ついて哀しんでいます。

 

けれど、哀しんでいても何も変わらないのを知っている。

前に進まなきゃって思うときに、そうやって自分から違う存在だと切り離さないと前に進めないから怒っているんです。

 

怒っていないと、嫌いって思わないと

哀しくなって足が一歩も出なくなってしまうから。

だからちゃんと前に進めるように怒る。

 

悲しみを隠すために。怒りで覆う。

 

 

悲しい時でも。

自分の人生を生きる為に、自分らしさを取り戻すために、そこから前に進もうとする人は素敵です。

 

 

 

たまたま合わなかっただけ

本気で傷つくくらい、立ち直れないくらい、誰かを愛することができる人は、大切な人が自分から離れていった時、こう考える人も多いと思います。

 

 

自分がもっと大切にできていれば。

自分には愛される価値がないのかもしれない

自分のことを愛してくれる人なんていないのかもしれない

 

 

そうやって過去を振り返り、自分を責め続けて、もやもやしたものを自分の中に押し込めて、強がって大丈夫なフリをして、でも自信をなくしてしまっている人が多いような気がします。

 

 

でもね、それは違います。

 

 

たまたまその相手の人とは合わなかっただけなんです。

人ってちょっとしたすれ違いとか、勘違いで、仲たがいになってしまうことだってあるし、その時の自分の状態では理解できないこともたくさんあると思います。

そういう風にすれ違ってしまったのかもしれません。

 

もしくは、あなたのその深い愛情に相手はまだ気づけなかったのかもしれない。

 

そのことによってあなたの価値が下がることはないのです。

 

 

しかも、その悲しみを経て、たくさん反省して、それから前に進みだしたあなたはきっとその時以上にどんどん成長していきます。

そんな悲しみを乗り越えて強くなったあなたはより素敵な自分になっているのです。

 

 

 

誰にでも分かってもらえなくていいんだよ。

最近、私は思うのです。

誰から見ても価値があるものに本当に価値があるのだろうか。

 

たくさんの人に表面的に見て評価をされるよりも、

たった1人の人に深く理解され愛される方が幸せなのではないでしょうか。

 

きっとそんな人と出会うために、別れがあったのです。

 

その別れを経て、もっと素敵な人と出会った時に

たくさんの傷を経て人の痛みをわかるやさしさと、その悲しみを乗り越えられる強さを得たあなたを素敵だって思ってもらえるように。

そのために今があるのです。

 

 

そもそもそれだけ真剣に人を愛することができるという素敵な能力をもったあなたには、同じだけの愛情で愛してくれる素敵な愛情深い相手がいるはずです。

 

 

 

ゆっくりでもいい。自分のペースでいい。

時間がかかってしまってもいい。

たまには立ち止まって休んでもいい。

自分のペースで進めばいいんです。

 

それだけ誰かを愛せた自分を認めてあげましょう。

そんな愛情深い自分を愛してあげましょう。

 

そんなに抱え込まなくていい。

あなたの周りには、そんなあなたを支えてくれる優しい人がきっといるはずです。

 

少しだけ周りに目を向けてみて。

つらい時は素直に誰かに頼ってもいいのです。

1人で頑張らなくてもいい。

 

哀しみは少しずつ癒していけばいいのです。

 

 

 

その涙は、その愛は。

最期に私が好きなこの言葉を送ります。

 

Don't cry over someone who wouldn't cry over you.

 

「あなたのために泣かない人のために泣くのはやめて」

という英文です。

 

離れていった相手はもうあなたのことを考えることはないでしょう。

あなたのことを想って愛おしく思うこともなければ、あなたのことで泣くこともない。

きっともう一人の時間を楽しんでいるか、違う異性を想って恋をしているかもしれません。

 

その人のためにあなたが泣いている時間も。

 

 

もう終わったのです。

楽しかった過去も、幸せな想像をした未来も、もうあなたのもとに戻ることはない。

 

だから。

少しずつでも前に進んで、あなたはあなたの為に、あなたの人生を生きてください。

あなたのその素敵な誰かを想える愛は、その優しい涙は、これから現れる素敵な人に使うためにとっておきましょう。

 

もう戻らない人の為に、その愛を使って、これから現れるあなたを大切に想う人に気づけないのはもったいないです。

 

あなたは本当に素敵な人です。

自信をもって。その深い愛情を受け止めてくれる人にその愛情を注げばいいのです。

 

 

たくさん泣いて、哀しんで、泣き疲れたら。

ちょっとだけ前に進んでみればいい。

たまには一人で泣いてもいいし、誰かに頼ってもいい。

それでも。

泣きながらでも前に進むあなたは素敵です。

 

 

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