はぴねすくるー

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灰色との決別

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どうしてだろう。

白でも黒でもない灰の色にどこか安心を感じてしまうのは。

 

両端で強い力を持った絶対的な存在の間に挟まれ、その程度も問わずに総称してくれる存在のそれは、何だか自分自身からそぎ落としたいと願うあの部分も目をつぶりたいこの景色もすべてを包み込んで許してくれるような感覚があるからだろうか。

 

 

その曖昧さは。

 

本当の優しさか。真の安心か。

 

 

 

決断とは、決めて断ち切ることだ

絶対的な決断というのは、どうしても多大な労力を用いる。

それは程度は違えど、どの人にとっても同じ事であろう。

だからこそ、普段から大きな決断を迫られる人間の中には、日常生活での決断の数を少しでも減らすため、常に同じものを選択するという話は有名な話である。

 

それだけ小さな決断すらも人間の脳というのは負担を感じているのだろう。

 

 

決断とは、自らの意志で決め、それ以外の選択肢を断ち切るということ。

つまり、その選択をすることによって捨てた選択を選んだ未来を見ることはできなくなる。

どちらに進むことにも迷い、後ろ髪をひかれる思いを抱えた時、灰色は姿を現す。

 

どちらかを決めて断ち切るよりも、何も動かずに悩んでいる方が実際楽なのだ。

だって何もしなければ何も起きないのだから。

最善の選択を慎重に選択しているということをを前提にし自らを守り、決断せずに現状維持をすれば、立ち止まっていてもそれは積極的静止という解釈を自らがすることができるからだ。

 

中途半端な灰の色に身を隠して。

 

 

それは現状維持を選択していると言えるのだろうか。

その選択からも目を背けて曖昧な関係に甘えてはいないか。

頭の中ではもう進みたい道の白黒はついているのではないか。

ただどちらを選んでも反対の道を選べばよかったと思ってしまう未来に怯えているだけではないか。

 

 

 

決断は引き伸ばせる。

もちろん立ち止まるという行為を否定したいわけではない。

自らが本当に必要な時に必要な時間、立ち止まり自らを省みる時間が何かを変えることは多々あると思う。

 

問題はそこに確固たる意志を持った「決定」があるのかどうかだ。

 

意思決定があれば、それは1つの決断であり、選択であろう。だから中間色というのは少し違うのではないかと思う。

 

ただ、重要だと感じる分岐路において、簡単に何かを切り捨てらるほど人間は強くはできていないのだと思う。

特に1つ1つの物事に意味を持ち、大事にする優しい人こそそうではないか。

 

 

そんな時にはきっと悪魔が耳元でささやく。

今、白黒つけなくてもいいのではないか。

今、結論を出す理由があるだろうか。

 

そうやって起こるのが決断の引き延ばしだ。

 

引き伸ばす数々の理由はその見えない声が与えてくれるだろう。

 

 

 

甘い誘惑は自らが作り出した虚像の声

その選択肢はきっと優しく感じるだろう。

これだけ忙しい現代で、平和な日本という国で、何も選択しないという甘い誘惑に勝てる人間はそう多くない。

実際、引き伸ばしたところですぐに何か支障がでることはそう多く起こらないのだ。

 

きっと大半の人がその見えない声の甘いささやきに心揺れ動くことだろう。

 

 

では、その見えない声の正体は何であろうか。

悪魔のささやきか。神のお告げか。

 

 

いや違う。

 

その声は自らの弱さや甘えが作り出した虚像が発した言葉である。

 

 

架空の存在を作り出すことによって、自らの意見でその選択をしていないことにすることができる。

そうすることによって、中途半端な現状そのものの責任を灰色の虚像に罪をなすりつけ、自身の潔白を証明する理屈を作り出しているのではないか。

 

 

答えは既に手の中にある

灰色に甘え、踊らされている今のあなたのその手は、血流が止まるほど強く頑固に握りしめられている。

体中に流れる使い古された感覚をすべて吐き出し、体の奥深くまでゆっくりと、新たに生み出されたばかりの酸素を吸い込む。

 

少しずつ、鬱血したその拳を開いていく。

痺れたその手のひらには答えがあるはずだ。

 

 

そう、もうすでに自ら答えは知っていた。

ただ見えていなかっただけなのだ。

いや、もしかしたら隠していたのかもしれない。

それぞれの、様々な理由によって。

 

隠さないと乗り切れない現実があったのだ。

隠して力を込めてそのことすらも忘れることによって、虚像を作り出し灰色の安心感に包まれることで、今の自分を保って社会生活を続けてこれたのかもしれない。

 

 

 

限られた時間だからこそ決別する

1日は24時間。1年は365日。

誰しもに時間だけは平等に与えられていて、同じように限りがある。

 

その時間をどう使うのか。

 

何か今の現状を変えようと思った時、ほとんどの人は今のルーティンの中に何かを組み込もうとするだろう。

けれどそれは長くは続かないのではないだろうか。

現状だってやるべきことはたくさんあって時間が足りないほどなのだ。

それに新たにやるべきことを加えてしまうと、身体のみならず心も負担が大きくなる。

 

 

だからまず、

決別するのだ。灰色と。

 

 

5年後、10年後。

自らの望む未来を手にしているために。

今、自分を守るためだけの虚像の優しさや安心に別れを告げる。

 

 

重要なのはその大小や内容ではない。

 

自ら想像し自らの意志を持って決めること。

 

 

それが自分が素直に信じれるその感覚による選択であれば、誰かに決められた感覚で選択したり、頭の中で考えた机上の空論に従うよりかはよりその過程を自分自身が楽しめるはず。

その時点でもうその選択は自分の人生によって正解だといっても過言ではないだろう。

 

 

例え、惨敗な哀しい結果が待っていたとしても。

 

 

決めて断ち切り進んだ後、振り返ればそこには確かに自らが切り開いた道が残っているからだ。

 

そして。

少なくとも灰色に逃げていた頃とは比べ物にならないほど、その背中は大きく凛々しくなり、後を続くものに大きな力を与えるものとなっていることだろう。

 

 

 

ありすのあとがき。

私自身、自分の未来を想像し選択をし決別したことにより、失うことを決めた未来や場所があります。

けれど私にとってはその決別した様々に対してネガティブな感情は一切ありません。

ただ、自分が目指したいと思った未来を考えた時に、叶えたい想いがたくさんあり、限られた時間を自分のために使おうと思った時にその選択をしたというだけです。

灰色に染まっていた時期に過ごした時間に対して後悔していることはなく、その経験をさせてくれた場所や人々に対しても本当に有難いという想いでいっぱいです。

そのおかげでたくさんの学んだことがありました。助けられたこともたくさんありました。そして兎にも角にも楽しい時間でした。

そんな時間を共有していただいたこと、いろんなことを教えてもらえたことにこの場で心から感謝します。

 

 

 

 

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