さおたむの激情派劇場

道なき茨道を超絶幸せに爆走する生き様を。

死んだあの人がよみがえった瞬間に

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突然、5年前にタイムリープをした。

何気なく眺めていたTwitterのTLにひさしぶりに見る名前が流れてきたことがきっかけだ。

そこからふいに私の隣に彼がいたあのころの記憶が回想しはじめた。

 

 

***

 

最初は何の感情も抱かなかったというのが正直な感想だろう。

私よりもたった2年だけ長く生きている、小さな先輩というだけであった。

なんとなく呼んだ名前にそこまで本気になってくれるなんて、あの頃の私は微塵も思っていなかったのだ。

 

彼は本当に不器用だった。

積極的に声をかけてくるでもなく、直接的な愛の言葉を示してくるでもなく、でもその好意はきちんと伝えようとしてきてくれた。

その誠実な想いに徐々に惹かれていき、出会って3か月目に彼の言葉に応える形で、私は彼の隣を自分の居場所とした。

 

 

 

今思っても彼は忙しい人だった。

一緒にいるとはいえ、1番に私を見ているわけではない。

アスリートである彼にとっては、競技が1番であり私はその後にくるのだ。

それが不満だと思ったことはない。

もちろん寂しいという感情を抱いたことがないと言い切ってしまえば嘘になるが、私が1番でないことは「仕事と私どっちが大事?」という質問と同じくらい愚問であった。

 

彼が競技で成功してくれること、大会でいい成績を残してくれることを私は心から望んでいた。

2人とも共に同じ方向を見ていたのだと思う。

よく「そんなの綺麗事」「そこまでする必要ある?」などともいわれたが、私の認識の中ではこれは自己犠牲などではない。

 

私は隣でいつも見ていた。

彼がどのような過酷な日々重ねているのかを。

それはもはや努力などという言葉で表していいのかどうかも分からないほど、その競技に人生のすべてを賭け、没頭している姿を隣で見ていた。

どれだけやったとしても結果が伴うのかは分からない厳しい世界で闘い続ける選択をし、結果を出し続ける彼は私には眩しく輝いて見えた。

 

私には見ることのできない景色を、彼の隣で見ることができるのは私にとっても大きな幸せであったからこそ、もっと次の世界に登ろうとする彼を支えることが私にとっても当たり前の認識になっていた。

 

 

 

 

一緒に生活を始めて1年。

彼はいわゆるスランプに陥っていた。

あれだけの努力をしているのに思うような結果は出ない。

 

そんなある日、突如彼から

「競技に集中するから別れよう。」

と言われた。

 

業界では有名人である彼が新しく女ができてから成績が出ていない、恋愛にうつつを抜かしているからではないか、という周囲からの疑惑の声が大きくなっていて、業界の末端にいる私にすら届いているほどだった。

自分の成績が出ないことにより、そんな声が私を傷つけることも考慮してくれたようだった。

 

「あなたは私がいるから競技の成績が出ないような選手じゃないでしょ。大丈夫。一緒に頑張ろうよ。」

 

確かそんな言葉を泣きながら言い放ったような気がする。

私自身が彼が好きだったから離れたくないという気持ちは間違いなくそこにあったが、それ以上にそのような過小評価を彼が受けることが私は嫌だったのだ。

 

彼が私にうつつを抜かしていないことは隣で見ている私が1番よく知っていた。

それに彼は超一流の人間だ。

恋愛などそんなことで競技に集中できないような、心の弱い二流三流の人間ではないと心から信じていたのだ。

 

泣きながら2人で話をし、私たちは共に闘うことを選んだ。

 

 

 

結果から言えば、その話から1年後、彼は素晴らしい数々の成績を残した。

 

毎度、大会の度に遠征先にいった彼の試合状況をツイッターで確認し、生きた心地のしない時間を幾度となく過ごし、とてつもなく大きな結果が出た時にはその場で泣き崩れてしまったこともあった。

試合直後のまだアドレナリンが出たままで興奮冷めやらぬ彼からの電話での勝利報告と感謝の言葉に対して「おめでとう、おめでとう」と泣きながら答えることしかできなかった。

 

彼の成功はその時の私にとっては何にも代えられないほどの喜びだった。

 

自分のことよりも人の成功を心から喜べる。

それだけを言うと私が素晴らしい人間のように聞こえるが、そうではないのだ。

彼が素晴らしかったのだ。

あれだけの努力をしどんな時もただ前だけを見つめて走り続けることは言葉でいうのは簡単だが、そんな容易なことではなく、いろんなものを犠牲にし、毎日365日没頭する日々を続けるなどは誰しもができることではない。

 

それだけのことをやっていた彼だからこそ、心から尊敬できていたし応援できていたしその結果に対しても自分のこと以上に喜べたのだと思う。

 

 

 

 

終わりは突然に訪れた。

すべては私に責任がある。

若かりし私の至らない思考がもたらした結果だ。

 

彼のあそこまで動揺した表情や声を私が見たのはあの時が最初で最後だった。

すぐに自分で立て直しいつものような表情で毅然と冷静に対応してくれた彼は今思っても異常なほど大人で、男らしい人だったと思う。

 

付き合っている時、一度だけ彼に結婚を迫ったことがある。

そういったところで学生だった私たちはすぐさまそのような選択をとるという意味ではなく、ただ不安になった私が「将来結婚しようね」という約束のような永遠を語る言葉がほしかっただけなのだ。

 

それに対して何も言わない彼にしびれをきらして迫った私に対しても彼は

「自分の将来がアスリートとしてどうなるか分からないのに曖昧な言葉で今だけ安心させるような言葉は言えない」

そんな大人すぎる返しをしてきた。

 

幼稚な子どもだったあの頃の私は嘘でもいいからそんな期待を抱く言葉がほしいと思っていたから、なんとなくその言葉に説得されつつも心から納得することはできなかった。

 

けれども今ならわかる。

彼は私よりもずっと大人で誠実で私に真剣に向き合ってくれていた。

稚拙な理由でその想いを裏切ってしまったのは私の方だった。

 

 

***

 

 

彼が去ってしまってから約5年の年月が経った。

 

あの日、彼は死んだ。

殺したのは私自身だ。

関わりがなくなって記憶から消してしまえば、どこかに存在し息をしていようが、私の世界の中では死と同然なのである。

 

私は自らその選択をした。

彼の遺物に足をとられてしまわぬよう、その罪悪感に私の心がつぶされてしまわぬよう。

それほど彼の存在は大きかったのか、いやきっと離れてしまってから私が勝手に大きくしていってしまったのだろう。

 

 

5年の時を経て、私の世界によみがえった彼は相変わらずの努力家でブラックジョークの上手な人だった。

何だか自然とその言葉に笑っている自分がいた。

 

あぁもう私は完全に彼を過去の遺産として残すことなく焼き尽くしていたのか。

そんなことを思った。

5年ぶりによみがえった瞬間に私の体にかすかに残っていた灰が風に舞い遠い空へ運ばれていったような気がした。

 

やっとこれですべてが終わったのだ。

始まってから7年。終わってから5年。

長い年月がかかったけれどもやっと本当の意味での終止符を打つことができた。

 

きっと彼以上に、私は不器用だ。

あんなスピードで前だけを見て走ることはできない私はあんな景色を見ることはもう一生ないだろう。

 

これからも何度も転びぶつかり、過去を終わらせるのに時間がかかり、それでも立ち上がりゆっくりと前に進むのだろう。

でも今はそれでいいと思える。

すがすがしい気持ちで。

私は私のペースで私だけの道を歩めばいい。

早く走れなくとも、歩いているからこそ見える景色もあるはずだ。

 

 

蘇った彼は、その数十分後にはまた死人と同様になった。

変わったのは跡形なく成仏したという点だけ。

けれどもその変化は大きなものだ。

 

 

ふと見上げた夜空はいつもと同じように暗く遠かったけれども、何だか少し透き通っているように、私の瞳には映った。

 

 

 

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