さおたむの激情派劇場

道なき茨道を超絶幸せに爆走する生き様を。

営業マンの頃、器用貧乏になった私は本当の信頼を勝ち取れなかった

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私はずっと自分が人よりも不器用だと思って生きてきた。

 

こどもの頃から何をしてもすぐには形にできず、人よりも何倍も時間がかかった。

「要領が悪い」

親からもそんな言葉を投げかけられ、ずっと自分の不器用さを恨んで生きてきた。

 

そんな私が社会人になり営業マンになると、上司から「器用だね」と言ってもらえるようになった。

あれだけ憧れ恋焦がれた器用という言葉。

そのあとには貧乏という余分な一言がついていなければだけれども。

 

器用な自分を演じていた

大学生の頃から、私は「効率的に」「要領よく」できるようにと色んなことに取り組んできた。

やり方を学び、何となくそれをコピーし、体裁を取り繕う。

 

元々、器用にできるタイプではないので

「器用にやっているように魅せていた」という表現が正しいのだと思う。

 

だいたいそれっぽい言葉を並べて、それっぽい雰囲気をかもし出せば、それっぽくなるのだ。

曖昧な表現ではあるけれども、これが1番しっくりくると思う。

 

そうして私は自分自身を取り繕い、営業をしていた。

 

 

器用に見せたかったのは八方美人だったから

そのように取り繕ったのは成績のためだと思っていた。

多くの人に早く契約してもらいたい、だからこそたくさんの属性に合わせれるように柔軟に自分を変化させて対応した。

 

「そつなくこなす」程度であれば、不器用な私でも慣れてそれくらいはできた。

その時の私自身はそれを自分の能力だと過信していたところがあった。

 

今振り返れば、成績のためなんてかっこいいことをいいながら、私はお客様に断られることを恐れていただけなんだと思う。

拒絶を恐れ、不器用な私が自分を取り繕い、八方美人になった結果が、器用貧乏だったというわけだ。

 

表面は取り繕っても本質はバレる

結局、八方美人を極めていった私は、当たり障りなくよい第一印象は残せるものの、契約までなかなか行き着かなくて苦労することとなる。

 

最初はいいのだ。

感じがよくて明るく接していると、懐に入り込む隙をお客様も作ってくれる。

 

しかし、長い時間一緒に過ごしたり、いざ契約となった時に本質がにじみ出て詰めが甘くなるのだ。

 

もし最初から本質でぶつかっていれば、何の問題も感じなかったであろう人でも、最初の取り繕った自分のイメージがいい程に、本質が出た時に悪いギャップが生まれてしまう。

 

「この人は誰にでも上手く対応するのが上手な器用な人なんだな」

となってしまい、それまでの自分の発言なんかも軽くとられてしまうのだ。

 

そんな結果が起こると、私はより八方美人の完成度を上げようとして、より取り繕う自分のレベルアップを目指していた。

 

これこそ八方美人が引き起こした負のループである。

 

器用貧乏だと自分の強みがない

もちろん、根っから器用な人もいるだろうからそこを否定したいわけではない。

器用貧乏になってしまうことが問題なのだ。

 

そしてどうして器用にできるのに損をしてしまうかと言えば、どれも中途半端で当たり障りがないからだ。

 

特に自分を象徴するのはこれだ!

という武器がない。

というかその武器に磨きをかけれていない状態だ。

 

もし何でもトップレベルでこなせるオールラウンダー的に器用な人がいたら、その人は器用貧乏だとは言われないだろう。

 

どれも中途半端で特別に優れていないから、器用貧乏だと言われてしまうのだ。

 

 

器用貧乏や八方美人は信頼されない

その武器に磨きがかからない原因としては、誰かに嫌われるのを恐れて八方美人になってしまうことが1つ上げられるだろう。

 

八方美人は目立って嫌われることは少ない。

それは当たり障りなくそつなくその場にいるからだ。

 

けれど、当たり障りなくその場に存在できるということは、誰の記憶にも残らない、他の周りの人と変わらない存在であるということである。

 

そして、その対応が気に入られたとしても、本質が違うことがバレたら余計幻滅されてしまうこともある。

 

八方美人だとめちゃくちゃ嫌われることはすくなくなるかもしれないが、本当の意味で信頼されることも少なくなってしまう。

 

嫌われることを恐れず本質で勝負しろ

周囲の目を気にしてしまうからこそ、気を遣い八方美人になり、器用貧乏になってしまうのだと思う。

 

けれど嫌われるのを恐れていては本当の信頼は勝ち取れない。

ビジネスも人生もやはり人間関係は大事で、その中で1番大切なのが信頼だ。

 

もしかしたら今、取り繕わずにそのままぶつかれば能力のなさを卑下されるかもしれないし、考え方を否定されるかもしれないし、嫌われるかもしれない。

 

けれどそれはしょうがない。

 

能力のなさはこれから積み上げればいい。

人格も何度も失敗してぶつかってこれから磨けばいい。

 

そうやって本気で本質で勝負していれば、その姿に心打たれる人もいるかもしれない。

そんなあなたを好きだと言ってくれる人も現れるかもしれない。

 

もしすぐにそんな人が現れなかったとしても大丈夫。

磨き上げているのは紛れもなく自分自身である。

その1つ1つが自信になり、道となる。

時間が経った後に、取り繕って避けてきた人とは全く違う本当に確固たる自信ができた自分自身になれるだろう。

 

偽ったところで、大衆の表面は騙せても、本物にはなれないのだ。

 

だったら最初から怖がらずに本質で勝負し磨き上げ、その自分で信頼を勝ち取ればいい。

 

 

不器用な人は不器用な戦い方がある

冒頭から言っているが、私はめちゃくちゃ不器用だ。

そんな自分がコンプレックスでもあった。

 

しかし、営業時代、本質で勝負しようと心を入れ替え、八方美人を辞め、必死に自分の発信をし続けたところ、本当の自分を気に入ってくれたお客様と巡り会うことができた。

 

そしてそのお客様方のおかげで1年半という短い期間で昇格を成し遂げたのだ。

 

不器用で実力不足なのは明白だった。

けれどそれでも一生懸命伝えようとし、お客様の為に全力を尽くす姿をみて、私のことを信頼してくれたからこそ、契約していただけたのだと思う。

 

不器用は案外悪いものではない。

不器用なら不器用なりに不器用を強みにする戦い方をすればいいだけなのだ。

 

不器用だからこそ、幾度となく壁に派手にぶつかるかもしれないけれども、その度に自分の中の原石を磨いていけばいいだけだ。

 

まっすぐ生きよう。素直な自分で勝負しよう。

その先にしか本当の信頼関係はない。

 

 

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