さおたむの激情派劇場

道なき茨道を超絶幸せに爆走する生き様を。

「不倫」は倫理的な理屈だけではやめられない

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こんにちは!さおたむことありすさおり(@arisu_saori)です!

 

私が行っているサービスのなんでも相談。

仕事や夢の話ももちろんありますが、恋愛相談も多くある。

 

 

 

 

このなんでも相談を始めた理由としては、プライベートでも相談を聴くことが多く、誰かの悩みを少しでも楽にできたらと思ったことがきっかけだ。

 

最近、受けた「不倫」の相談。

今は芸能人でも不倫の問題は多く取り上げられている。

結構多くの人が不倫の問題で苦しんでいるようだ。

 

 

不倫がやめられないA子(24歳)の話

その不倫の相談をしてきたのは24歳の公務員の女の子。

 

何度も不倫を経験しそのたびに傷ついたものの、また家庭のある男性を好きになってしまったということ。

今、不倫関係を持っている相手とも、何度も別れを決意し別れ話をしたもののまたお互いに惹かれあい戻るという繰り返しを行っているようだった。

 

「誰にも言えない関係は苦しい」

 

彼女はそう語る。

そろそろ結婚適齢期に差し掛かる20代半ば。

周りで結婚する人も増え、ベビーラッシュも始まる年代に、自分が好きだと思う人は別に家庭があり、どれだけ愛の言葉をささやこうとも必ず帰る場所に帰っていく。

 

それに引き換え、自分は…

いつまで続くのか分からない不安。

周りに相談することも許されない。

 

もしこのまま続いたとして、捨てられたとしたら。

自分はどうなってしまうのだろう。

それまでに費やした時間はどうなるのだろう。

 

話を聞いていて、そんな想いに心が支配されているように感じた。

 

 

当の本人だってそれが倫理的に悪いことであり、誰かを傷つけていることは自覚している。

それでもその関係がやめられない。

 

 

当人にとっては純粋な恋愛

私がA子さんの話を聞いていて、LINEのやりとりを見せてもらって感じたことは

「純粋な恋愛」

の話を聴いているようだ、ということだった。

 

まるで10代のあの甘酸っぱく不器用でまだ未熟なドキドキする恋模様のよう。

 

お互いを必要だと、甘い愛の言葉を囁く。

別れようといいながらも、別れないと相手が言ってくれることを求めている。

じれったい、すれ違いの過度な愛情。

 

男性に家庭さえなければ。

ただの愛し合う男女であるだけだろう。

 

 

不倫だから成り立つ強い執着

「こんなに人を好きになったのは初めて」

彼女はそう語った。

その彼女の言葉に嘘はないだろう。

 

しかし、同時にこうも思った。

もし相手に家庭がなかったとしたら、2人がこれほどまでに惹かれあうことがあったのだろうか。

 

そんな仮定の話をしてもしょうがないのだけれども、実際第三者から見れば、悲劇的なその状況があって、お互いの心の穴を埋めあう環境が整っているからこれほどまでにその絆が強まっているように見える。

 

2人ともロミオとジュリエットにでもなったかのように、その悲しい現実におぼれていて、そのほかのものでは埋められない寂しさや劣等感をお互いで満たしているのだろう。

 

 

恋は盲目。不倫は五感喪失。

そんな相手との世界に浸り込んでいる2人には、どれだけ倫理的な理屈を並べたところで結局は何も変わらない。

そんなことは2人とも頭では分かっているのだから。

しかし、先の見えない一時の快楽を求めた恋愛におぼれる本人たちには行く先をコントロールするドライビング技術も減速するブレーキの場所も分からなくなっているのだ。

 

恋は盲目とはいうが、許されない恋はそれどころでは済まない。

不倫は五感喪失とでもいえようか。

 

周囲の声は聞こえない。

先のない未来は見えない。

危険なにおいも分からない。

苦い味も甘く感じてしまう。

痛みすらも感じなくなる。

 

 

不倫がそのように五感をおかしくさせるのか、自尊心を失い寂しさに支配された心が五感を喪失させ、そのような危険な恋に火をつけてしまうのか。

それは私には分からないけれども。

 

まともな状態では陥らない境地であることは確かだとは思う。

 

 

肯定はできないけれども否定はしない

もちろん不倫を1つの恋愛の形として肯定はできない。

何もしていない相手すら傷つけるその形を両手を上げて笑って応援することはできない。

 

けれど、不倫の問題を考える時、生涯の伴侶を決めるということの難しさも感じる。

人間は間違える生き物であるのにも関わらず、自分の人生を共にする相手を一度しか選べないという法律がもはや矛盾だらけの規則なのではないかともいう事ができる。

 

仮に出逢う順番が違っていたとすれば、その結果はまったく違うものだったかもしれないと言われれば、なんといってそれに反論したらいいのか私はまだ分からない。

 

そんな理屈を並べて、当人たちはそのひねくれた偽物の愛を肯定しているのだろうと、はたから見ると思ってしまうが、それにきっちりと理屈をつけて反論できない時点で第三者の私がどうこういう資格はないのだろうと思う。

 

 

だから私はA子さんに対しても、その相手の男性に対しても肯定も否定もしない。

というか、どちらもできなかったという方が正しいのかもしれない。

 

 

 

不倫の沼から抜けるには

もしも、その許されないと社会に批判される愛が表ざたになったところで、本人たちが継続すると決めればその恋に終止符が打たれることはない。

 

いくら周りがどれだけの倫理的な理屈を並べたとしても、本人たちがそれを覆す自分達を納得させる理屈をつけてしまえば、もはや周りにできることは何もないのだ。

 

周囲の第三者ができることは50%にも満たない。

 

本人たちの意思次第。

そういってしまうのは簡単だ。

 

けれどきっとそれも五感を失った2人にはそんなに単純な問題ではないのだろう。

だから不倫はどれだけ非難されようが、なくなることはない。

 

あれだけ苦しんだ表情を見せつつ、寂しそうに笑っているのにも関わらず。

 

 

それでも底なしの泥沼から足を抜くことはそんなに容易ではないのだろう。

そこを抜け出すには、お互いで埋めているその心の穴を自分自身で解決しない限り、その相手を変えたところで何も状況は変わらない。

 

だからこそ、そんな相手に倫理観を語るのは暖簾に腕押しだ。

 

まぁそんなことは分かっていても、それを第三者がくどく語らずにいられない哀しい問題が不倫であるのだけれども。

 

 

1日でも早くA子さん、そして同様の事例で苦しむ方々がその底なし沼から抜け出し、心から幸せを感じられる恋愛をできることを心から願う。

 

 

 

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